「その場」を死守し続けた龍姫。【霊能者が見るセカイ】
「なぎはん、こっち」
一は私のことを「なぎはん」と呼ぶ。
実際この呼び方は嫌いではない。
私と一は、夜の林道にいた。
ここには、地図にもなければ、ネットの情報にもまったく出てこない龍姫の祠があった。
河川工事にも道路拡張工事にも負けずその場を死守した龍姫は、黒龍の姿でそこにいた。
随分と大きい龍故に、その領域は姫にとっては手狭であり、本当にギリギリの死守だったのだろうと容易に想像ができる程だった。
「なぎはん、どこに姫おるん?ワシには見えんから」
「うん、踏んでる」
「えっ」
「大丈夫だよ、こんなに大きいんだからお前が踏んだぐらい、痛くも痒くもない」
「すまぬ・・・」
一が向ける見えないモノたちへの気持ちの向け方、言葉の使い方はどこか私と似ている。
それが、私が一と行動しても良いと判断した理由の一つだ。
最近、神社仏閣への参拝マナーだとかなんだとか、たかが明治以降に設定されたルールを押し付けてきたり、
何でも見えてるんだろう?じゃあ私の心を読んでみろ、と面白半分な目で見られたり、色々とケチをつけられる事が続いていたので、
私は久々に安心して一と行動できる事を楽しんでいた。
一はこの龍姫をたいそう気にしており、この同行が実現するまでも一人で随分と通っていたらしい。
この場をどうしたら良いのか、姫を連れて帰って保護すべきなのか、ずっと考えていたようだ。
「さあ、龍姫、話を聞こう」
私は龍姫に声をかけた。
実際のところ、立派な龍であるが、力は半減しており、少々弱っている様子で、あまり時間がない事は容易に想像ができた。
そりゃあそうだろう、この祠ができた頃にはこの龍の出身である川はこのような状態ではなかったし、
車の往来もない山の中、地域の人だけが参拝にくるような、そんなひっそりと守られた場だったのだから。
元に戻して、とその龍姫は言った。
「いやあ、それはちょっと、人間界では権力とお金が」
いや、権力とお金があったとして、この川を昔のように戻して、車が通れる道をなくしてしまうのは、どう考えても無理だろう。
この龍姫に触れて流れ込んでくるイメージは、確かに自然と神と人が共存した、理想の風景だった。
しかし、この形が奪われ、力が半減し、それでもまだここに存在しているのは、地域の人たちのおかげだと思う。
時代の変化は仕方のない事であり、それは地域の人の生活を豊かにする上では必要な事であり、無駄ではない。
しかし、こうやって時代の変化とともに消えていく名もなきモノというものは存在する。
それをすべてなんとかすることは出来ないが、知った事に関してはなんとかしたい、それが私と一の理想の形だ。
「なぎはん、何か言ってる?」
「元に戻してだって」
「それはちょっと・・・無理やなあ・・・」
一も苦笑していた。そりゃあそうだろう。
私は立ち上がり、一が私への差し入れにと買ってきてくれた、コンビニスイーツとコーヒーをすべて封を開けて並べた。
「まあ、姫、よかったら好きなのを選べ」
見えないモノたちが日本酒ばかり好むと思ったら大間違いだ。彼らも現世の食べ物にとても興味がある。
彼らが手を付けたものは、ありがたくお下がりとしていただいて、後でゆっくり食べたら良い。
しかし姫は、何故か「トマト」と言った。トマトは此処にはないのだが、と口にすると、
「あ、車にあるわ、取ってくる」と一が答えた。
「なぜお前はトマトを持っているのだ」「たまたま食べたくなって買った」・・・これも龍姫の思惑だろう。
一が持ってきたトマトを置き、何故か一は自分の分と、それから私にトマトを手渡した。
「一緒に食う、という事か」「せや」
三人、いや、二人と一匹でトマトをかじっていると、抜け道に使ったのだろう、営業者が一台、その横を通過した。
「いや、暗闇の道端でトマトを食っている所というのはなかなかにオカルト案件じゃないだろうか」
「ライトで照らされたからばっちり見えただろうし、ドライバー怯えてるんじゃないかね」
戻って来ませんように、と願いながら、とりあえずトマトを完食し、龍姫のトマトはそのままにしておくことにした。
「龍姫がリアルに食えんだとしても、この辺りの動物が食うだろ」
私は一のこういう所がとても好きだ。食って毒にならないのだし、動物に荒らされて困る場ではないのだから、それはおおいにアリだ。
今回、龍姫にはどちらかについてくるか聞いたが、答えはNOだった。
それは、この場に居る他のモノたちを置いていく事はできないという事と、依代が欲しいという事、2つの理由からだった。
「出直しだな」「そうだな、勾玉でも用意すると良い」「それと他のモノ達の依代も用意しときますわ」
「また来るからな、それまで元気で」
そう龍姫に言って我々は現地で解散する事にした。
一はすぐにでも依代を用意し消滅を防ぎたい様子だったが、龍姫はまだ大丈夫だ。
「お互いかなりの遠方であるし、次は一回で終わるように入念に準備をしてからにしよう」
次と言っても半年もかからず行けるだろうし、それまでの間も一はきっと、私に内緒で何度か此処へ様子を見に来るだろう。
私は帰る間際に、一を示しながら、「コイツが来たら受け入れてやれ、誰かが場を荒らしに来たら全力で祟れ!!」とニヤニヤしながら龍姫に言った。
「またそんな物騒な事をデカイ声で言う!!!」一は困った顔をしながら私を黙らせようと必死になっていた。
「事実だろう、場が壊されたらどうすんだよ?」「せやけども・・・なぎはんはほんまに、口が悪いというか・・・」
「ああ、褒め言葉か、光栄だね」「褒めとらん」
そうして少々のやりとりの後に一と解散し、道中で回収したコンビニスイーツを食べようとした。
せっかく一が差し入れてくれたものだ、ありがたくいただかねば。
すると、あるスイーツだけが完全に液体と化していた。
「アイツの仕業だ・・・」
捨てるわけにもいかないので、その液体化したスイーツを飲み、そのまま一に報告をした。
一も「アイツ・・・」と苦笑していた。
ちなみにアイツは龍姫ではない。やんちゃなアイツの話は、またの機会に。
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