呪詛とそれに加担した眷属の蛇と【霊能者の見るセカイ】
神上がりしたいモノは、時に人間の欲望に手を貸して、自分が神上がりするために崇める対象となるべく動く事がある。今回はそんなお話だ。
その日は私は朝から、Y氏に電話すべきか迷っていた。
理由はY氏が長年に渡り呪詛を掛けられている事が分かったからだ。
しかもその呪詛を掛けたのがY氏がかつて慕っていた能力者だ。
この呪詛は、Y氏が離れる事が嫌で、執着から掛けた呪詛。
逆恨みとも言うか。
これをありのまま話すべきなのか、それとも黙っておくべきか。
私は随分長い時間迷い続けた。
そうして結局、1人でなんとかするかなあ…。
そう思い、支度をして600キロ程走るべく車を出した。
そうすると、1時間程走ったところでY氏から電話が掛かってきた。
もう、このタイミングという事は事実を言うしかないだろう。そう思い電話を取った。
「Yさーん、あのさー」
私は務めて軽めのテンションで切り出した。
「Yさん、呪詛掛けられてるよね」
「あー、前になんか霊視する人?にそれ言われたけど、特に困ってないし気にしてなかったですね」
「…それを掛けた相手が分かった、と言っても気にならない?」
「…んー、それを言われると気になるなあ。聞きましょう」
「Yさんが慕ってたあの方です」
Y氏が、へぇ…と言って黙り込んだ。電話越しに怒りの念が飛んでくる。
「でさ、私今からその呪詛掛けるのに使った神社に向かってるんだ」
「今から7時間半はかかるかな。って今夕方だけど。まあ、お任せあれ。いっちょやってくるわw」
「いや、それ、僕も行きますわ」
「え、途中で拾うにしてもその時点で深夜1時とかそんなもんだけど、マジで一緒に行くの?」
普段、どれだけ神社に誘っても、「僕今回関係ないんで」「気を付けて行ってきてくださいね~」と華麗にスルーするY氏が「行く」と言った。
これは余程お怒りなのだろうな。
まあ、一緒に行ってくれた方が色々とやりやすい。
私はY氏を途中で拾って行く方向で了承し、待ち合わせ場所を決めてそこへ向かった。
到着した神社は、Y氏がその能力者と足繁く通った思い出の場所だった。
「よく通ったんですよね」
とY氏が話し出したので、思い出話でもするのかと思っていた。が、しかし、
「僕、本当にこの神社大好きであの人と足繁く通っていたのに、そこで呪詛を掛けてそれに加担したモノがこの神社にいると思うともう腹立って腹立ってしゃーないすわ。ははははははは」
怒りが頂点に達してY氏は笑っていた。
(この人ヤバイ。ガチで怒ってはる)と思ったが、私は無表情で「そうですか」と答えた。
しかし、そういいつつも私も実のところ結構腹が立っていた。
能力者ともあろう者が、執着から呪詛を掛けるとはなんともまあ情けない。それに加担したモノについてもしっかり話を聞かせてもらわなければならない。
それよりもなによりも、こんな面倒な事に巻き込んで、挙句こんな長距離を走る羽目になったその原因であるモノ達を、少々ぎゃふんと言わせなければ気が済まない。
そうして、長い参道を歩いて本殿の前に辿り着いた。
無言で本殿の前で私とY氏はそれぞれに印を組んだ。
「さあ、オオナムチ、通してもらおう。この者に呪詛を掛けた〇〇と関わりのあるモノを出せ」
オオナムチ的にはなんのこっちゃ案件だったようだが、ここはオオナムチのエリアなので筋を通さねばならない。
私は事の経緯を説明した。
そうして、事情を把握したオオナムチは怒りの表情で眷属の蛇一匹を私たちの前にほおりだし、「呪詛の手助けとは、誠情けない。神上がりを企んだか」とぷいっとそっぽを向いて奥へ引っ込んでしまった。
所在なさげに私たちの目の前にいる蛇。
「今一度聞く。お前はあの者に”騙された”のか、それとも”加担した”のか」
「・・・加担したって言ってますよ」Y氏が答えた。
呆れる程馬鹿正直な蛇だ。もっとなんかこう、嘘をつくとかあるだろう。
「そうか、それなら話は終わりだ。では。」
消してやる。私は更に印を組みなおした。
しかし、その時だった。
パーーーーン!!!と境内に響き渡るほどの音がした。私は驚いて音がした方を見た。Y氏だ。Y氏が力いっぱい賽銭箱を叩いたのだ。
「何をするんだ、集中が途切れただろう!」
「あの蛇、土下座して命乞いしていますよ」
そう、私が印を組みなおした際に、その蛇は人へ姿を変え、土下座して命乞いをしていたのだ。
「知っている。だからどうした」私は再度印を組みなおした。
「一度許してあげてみたら?」
「へ?」
「いや、謝ってるやないですか、一度チャンスを上げてみたら?」
ああ、このお人好しが・・・。
私は完全に気をそがれてしまった。
「・・・三日くれてやる。三日で何か一つ事を成し遂げろ」
私は踵を返して、その本殿から背を向けて、Y氏を残してとっとと帰る方向へ歩き出した。Y氏はなにやらその蛇と話をして、それから後を追ってきた。
「お人好しにも程があるんじゃないですかね、あいつ嘘つきますよ」
「いやいや、巫さん、一度は信じてあげるのが道と言うも・・・あ!!!今、あいつほくそ笑んだ!!!!くそっ!!!!!」
「だから言ったじゃないですか・・・。でも三日猶予上げたんだし、何やら交換条件付けてきたんでしょ?諦めてくださいよもう・・・。」
参道を戻りながら、ブツブツ言うY氏。だからお人好しすぎるんだよ。面倒くさい人だな。もう。
ああだこうだ文句を言い続けるY氏を引きずるようにして鳥居の外へ出た。
その直後だった。鳥居の奥にある大きな木の枝が、バキバキッ!!!と音を立てて折れ、バタバタと数本落ちてきた。
「てめえ!舐めてんじゃねえぞ!今すぐ消してやろうか!!!!」
今度は私がブチギレた。
「まあまあ、約束したんだし、ね、諦めましょ」
今度はY氏が宥める番になった。
「大体、Y氏がお人好しを出すからあんなに舐められたんだ!!!」
「まあまあ、一度は信じてあげるのが道と言うものですから」
「ちっ。さっきキレてたくせに」
血圧が上がったり下がったりですっかりお腹が空いたので、近くにあったすき家で牛丼を食べた。もう夜が明けようかという時間だった。
「しかし、巫さんやりますねえ、あの蛇が裏切らないように、しっかり楔を打ち込んでたじゃないですかあ」
「明らかに嘘をつくようなモノを無防備で信じる方がどうかしてるんだ」
ちなみに、あの蛇はY氏との”三日の期限”は守ったようで、一応諸々は保留、という事になった。
神上がりしたいモノは、時に人間の欲望に手を貸して、自分が神上がりするために崇める対象となるべく動く事がある。
今回はそんなお話だった。