巫-kannagi- 琉球シャーマン(ユタ)系霊能者/かんなぎのよろず相談処

柵。

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自由に生きている、というと「羨ましい」という言葉をいただくのだが、自由に生きる、という事はとても息苦しく、また、信念を試され続ける。

 

自由に生きようとすれば何かが枷をはめたがり、枠からはみ出ようとすれば引き戻す手が現れ、出る杭となれば打たれる。

 

自由に生きる事は、こんなにも戦い続けなければならず、そうして、「羨ましい」の言葉の奥にある、嘲笑やらという感情も同時に見せられ、そうして、また、自由に生きるために今日をもがきながら生きるという、なんというか、そうだな。自由に生きる事はそう簡単な事ではないと。

 

「それ」を受け入れてくれる場所を探した事もあった。

がしかし、そんなものを探しているから余計に苦しくなる事も随分学んだ。

 

 

そうしてある日、柵(しがらみ)という言葉にうんざりとしながら、柵について考えた。

 

柵と聞けば、皆、からみつくもの、まとわりつくものとして、マイナスのイメージを持つ人が大半だろうと思う。

実際、今の柵という言葉は、その通り、自分を縛るもの、邪魔をして動きを止めるものとしての意味合いが強く、良い意味で使う事はまずない。

 

 

 

しかし、この柵の言葉を遡ってみると、どうだろう。

万葉集の柿本人麻呂の歌がある。

 

明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし

 

この歌も明日香皇女(あすかのひめみこ)が亡くなって殯宮(あらきのみや)に奉られた時に、柿本人麿(かきのもとのひとまろ)の詠んだ挽歌で、先の巻二(一九六)の長歌に付けられた二首の反歌のひとつ。
「しがらみ」とは木や竹などで水の流れを止めるもののことで、そんな「木や竹などのしがらみで堰をすれば明日香川の水の流れも緩やかになって、明日香皇女が遠ざかってゆくのも緩やかになるだろうに…」との意味が込められた一首です。
明日香川の水の流れに明日香皇女の魂の遠ざかってゆくのを重ねているわけですが、この時代の人々は雲や川の水など目に見えて流れゆくものに遠ざかってゆく魂や時の流れを重ねて見ていたのですね。
そんな思いを言霊に込めて詠うことで、せめて魂だけでも遠ざかってゆくのを留めようとしたわけです。

引用:万葉集入門 http://manyou.plabot.michikusa.jp/

 

柵によって、魂が遠ざかるのを留めたい、という歌である。

この歌では、柵に対してのネガティブさは一切ない。

 

 

 

また、森鴎外主宰となって発行された雑誌がある。

 

明治22(1889)年10月創刊/資料番号 1F-シ1
鴎外主宰雑誌。雑誌「国民之友」に掲載された、訳詩集『於母影』の稿料をもとに創刊された。文芸評論を主軸とし、次いで翻訳に重きが置かれた。誌名は「文壇の俗流にしがらみをかける」という意。鴎外をはじめ、S・S・S(新声社)同人の著作が掲載された。明治22年10月~同27年8月刊行。
 
 
 

「文壇の俗流にしがらみをかける」という事は、これも信念において、悪化の一途をたどる文壇の流れに柵をかけることで、その流れをとどめるという事であり、ネガティブな意味合いではないと考える。

 

今は完全にネガティブな扱いを受けている柵であるが、流れを緩やかにする作用があると考えると、柵は必要なものなのだろうと思い至る。

そうなると、うんざりとする柵も、自由に生きたいとひたすらに願う私の暴走を留め、一旦立ち止まって考えろ、というものであるならば、必要であるのかもしれない。

 

その瞬間はとてつもなく鬱陶しく、邪魔をするなと払いのけたくなる柵は、私にとっての学びであるならば、それも必要であるのかもしれない。

 

また、考える事をやめて、「自由に生きている」と公言する事は、結局のところ、「自由に生きている」のではなく「単なる思考停止」なのだろうという所に落ち着くとなると、やはり柵はあっても良いのかもしれない。

 

「それ」を受け入れてくれる場所を探した事もあった。がしかし、そんなものを探しているから余計に苦しくなる事も随分学んだ。

 

これが柵があったからこその学びであるとすれば、この柵も用意された試練の一つであり、この柵に一旦飲まれて学ぶ必要があったのだろう。

柵による停滞感。そこから抜け出した時に、また次の柵が来て、繰り返し、考える事を続けて生きるという事が今は必要な事なのだろう。

 

 

自由に生きようとすれば何かが枷をはめたがり、枠からはみ出ようとすれば引き戻す手が現れ、出る杭となれば打たれる。

それらから解放される瞬間がなければ、「自由に生きている」という実感には繋がらない。ずっと自由であれば、人は自由である事に気が付かない。

 

また、今私を捉え、留めようとする柵も、もしかしたらこの先求めるかもしれない柵も、同じものであるとすれば、柵も、その時の捉えようであるという事なんだな、と考える。

 

だから、私は自由に生きる事への柵に対して、息苦しいだのなんだの言いつつも、結局その柵に向かっていき、必要がない柵については横に置き、選択を繰り返しているんだろう、という事になる。

 

そうして、柵から解放され続けたいともがく私も、いつか年老いた時に、もしかしたら、この人生の終わりに向けて流れる時間に対して、柵を求める事もあるのかもしれない。

 

それにしても、自由に生きる事は、こんなにも戦い続けなければならず、そうして、「羨ましい」の言葉の奥にある、嘲笑やらという感情も同時に見せられ、そうして、また、自由に生きるために今日をもがきながら生きるという、なんというか、そうだな。自由に生きる事はそう簡単な事ではないと。

 

しかしそれら全てを楽しむ、という事も同時に学んでいるのだから、今はこれで良いのではないかと思う。

そうして、この繰り返しの先に悟りというものがある事も知っているのだから。

 

悟った世界というものはとても退屈で、刺激もなく、ただただそこに在る、そんな世界だ。

 

神々は退屈だから人を創った。ずっと自由であれば、人は自由である事に気が付かないのと同じで、平和で幸福であり続ければ、神ですら、それが平和で幸福である事に気が付かない。

 

それらが何であるかを知りたくて、人を創った。のであれば、私は、神々にとって恰好の娯楽だろうよ。

それなら、当面は、神々にとっての娯楽の対象として、エンターティナーで居ようと思うよ。飽きるまでは、の期限付きではあるけれども。

 

 

 

────巫

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