巫-kannagi- 霊能者かんなぎのよろず相談処

「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」の精神

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楽しませてもらったオカ板の「釣りネタ」

 

「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」。

 

この言葉ももう、死語なのかもしれない。今は2ちゃんは5ちゃんになったし、釣られまくったオカ板(オカルト板)のクオリティもすっかり下がってしまった。

しかし私は今も、「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」の精神で生きている。

 

「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」という言葉は、つまり、釣りだろうが事実だろうが、そのネタを投下した主に対して全力で釣られてみる、結果どうあれ楽しんでみる、という事だ。

 

斜に構えて「そんなもん嘘に決まってんじゃん」とその祭りに参加しないよりは、参加して楽しんで、「釣りだったかー」「やられたー」とやっている方が余程楽しい、という考え方だな。

リアルで楽しませてもらったオカ板の釣りで記憶にあるうちの2つ。「蓋」とかめちゃくちゃ長いけれど、当時本当に楽しませてもらったし、「釣り神様」も良く出来た古文書に感動すら覚えた。

 

【蓋スレ】 本当に危ないところを見つけてしまった その1「HINAの依頼」

【名作スレ】俺の先祖は恐ろしい人物かも知れない・・・

引用:サンブログ https://sanblo.com/

 

 

 

釣られる人生は、「斜に構えてそれら全てを体験しなかった人」よりもお得

 

結局、何事でもそうだと思うんだ。

自分が「乗っかりたいか、そうではないか」「快・不快」で判断して、それに乗っかると決めたんだったら、その過程を全て楽しんでしまえば良い、と思っている。

悪い結果になっても、良い結果になっても、その過程で何も学ばないなんて事はないのだから、それを全部自分の糧にしてしまえば良い、と思うのだ。

 

私は基本的に自分で決めて乗っかった事に対しては、(不快感を無理矢理に押し込めて乗っかった事以外に限るが)結果がどうあれそこに学びはあったと思っているので後悔はない。

 

もちろんそれで傷ついた事もあったし、怒りに震えた事もあったし、落ち込んだり、泣いたりもした。でも、そこには確実に学びがあった。

少なくとも「斜に構えてそれら全てを体験しなかった人」よりも確実に、学んだ事は多い、と思っている。

 

 

斜に構えて人の批判する点にばかり着目している人ほど成長がない

 

斜に構えている人は一見、かしこそうに見えるかもしれない。

もっともらしい言葉で、それらを否定する。

そうして、事実、そうやって何でも疑って、否定してかかる自分を「かしこい」と思っていたりする。

 

それが沢山の経験を踏まえての事であれば、私は「斜に構える」という言葉を使ったりはしない。

その人の経験に基づいての言葉であれば、私もその言葉を穿った見方をせず、素直に聞くだろう。

 

しかし、斜に構えている人というのは、狭い視野で今までの物事を判断し、かつ批判している自分が好き、という、まあ、何というか「井の中の蛙」なわけで。

 

ある意味、臆病なのだとも思う。井の中から飛び出してみる勇気もなく、自分を守る為に他人に対して批判的な目を向け、斜に構え、それで自身を防御しているのだろうな、と。

 

でも、それってどうなんだろう、と思うわけだ。

人生は一回限りなのに、それを井の中で斜に構えて終わるなんて、それこそ人生の浪費だと思う。

 

痛みは、悲しみは、悔しさは、

嬉しさも、喜びも、感動も、

それらの学びは「釣られてみる事で得る量が増える」と思うのだ。

 

斜に構えた人は、そういう機会を全て自分で奪って、狭い世界で分かった気になって、自ら成長を止めてしまう。

若い頃はそれでも良いかもしれない。

けれども年齢を重ねた時に、その差は歴然となる。

 

自分も周りも、年齢分に成長する。

その年月が長くなった時に、「この人こんなに浅かったっけ?」と思う事が出てくる。

それは成長を止めたか止めなかったかの「差」であり、それはどう取り繕っても埋める事ができない本質として現れる。

 

 

私はどう言われても「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」の精神で生きて行く

 

「またすぐに人を信じるw」「懲りない奴だなw」

 

聞き飽きたこの言葉を、私は何千回と言われてきた。

つまり、単刀直入に言えば「お前は馬鹿だ」と言われている事ぐらい分かっているわけだが(笑)

 

それでも、その「お前は馬鹿だ」と言う人よりも私は沢山の学びの機会があるし、同じ事を繰り返しているように見えても、着実にその数は増えていて、その形は変化していると思う。

 

私は特に頭が良いわけではないので、本当に頭の良い人に比べればそれは牛歩レベルかもしれない。

それでも、薄皮一枚程度であれども、「増えている」し、微妙で分からないレベルではあるが、「変化している」のだ。

 

それに単純に、「釣りかもしれないけど乗っかっている間」っていうのはすごく楽しいものだ。

この楽しさを体験しないのは勿体ないと思うよ。

 

それから、意外と、釣られ慣れている人の方が「大きな詐欺」に遭わないんじゃないかな。

遊び慣れていないまま年取った人が遊びを覚えたらとんでもない事になった、という良くある話と同じでね。

 

積み重ねた「全力で釣られるのが2ちゃんクオリティ」の経験値って馬鹿に出来ないと思うよ。

 

さあ、次は何に全力で釣られてみようか、そんな事を考えるとワクワクするんだ。

 

ああ、この記事も巫の存在も、実は「盛大な釣り」かもしれないから、せっかくだから、釣られるなら全力で釣られてくれると嬉しいね。

この記事を書いた人

巫-kannagi-

【 代々続く霊能者家系の鑑定師 / メンタルアドバイザー】

ユタと稲荷双方の家系の混血であり、少々特殊な霊能者です。霊的相談、憑依鑑定、霊視鑑定、除霊、お祓い、オンライン鑑定と、多岐に渡って鑑定を行っております。
国内だけではなく、海外からも依頼を請ける霊能者でもあり、メンターでもあり、すでに9000人を超える鑑定実績があります。
ブログでは辛口で誤解されがちですが、鑑定では「見た目と違った」「腑に落ちた」「癒やされた」「楽しかった」とのお声をいただいております。沢山の鑑定迷子や、パワーストーン迷子の方の助けになればと思い活動しております。
「ただ、事象をお伝えするだけではなく、問題の解決に導く事」
見えない世界を現実離れしたものとせず、現実的視点を大事にし、実生活に落とし込む事を目標とさせていただいております。
活動理念は【霊能者をもっとラフにカジュアルに】

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