「高天原」とはこういう景色なのではないかと思った押戸石の丘【神社仏閣探訪】
ある日私は阿蘇方面へ向けて車を走らせていた。
私の車は電気自動車だ。充電が尽きればサポートへ電話して助けて貰うしか方法がない。故に、山の中を走る時は、充電ポイントを意識しながら、充電の残量を常に意識しながら走らねばならない。
この時、私は次の充電ポイントまで割とギリギリの勝負をしていた。まあ大丈夫だとは思うけれども、この先の山道の勾配次第ではルートを変えねばならないかもしれない。そんなギリギリの勝負だった。
そんな時にふと、ある看板が目に入った。
「押戸石の丘」
年に数回は通る道だが、初めて気が付いた。
「押戸石の丘」については、懇意にしているパワーストーンのお店のご夫婦から聞いていたので、名前は知っていた。
がしかし、今回の目的地ではない。私はもちろん、スルーするつもりだった。
が、次の瞬間、私の足は勝手に減速し、右にハンドルを切った。一人車の中で叫んだ。
「今回はやめてくれ、充電がなくなったらアウトなんだよ!!」
がしかし、私の意識とは裏腹に、そのまま「押戸石の丘」へ向けて進む。山道が続く。
(後何キロあるんだよ、止まったら恨むからな)ずっと一人でブツブツ言いながら進んでいた。
がしかし、別の思いもあった。
「これが正しい誰かしらの意思ならば、止まるはずがない」と。
押戸石の丘へ寄れ、という意思が正しい誰かしらの意思なのか、化生の物の悪戯なのか、もうこれは運試しだ。
そうこうするうちに押戸石の丘へ着いた。
ここは私有地であり、善意の地主様が解放してくれている場である。
維持費としての料金を徴収させて頂いているとの事なので、それを気持ちよくお支払いすると、パンフレットと一緒に方位磁石を貸してくださった。
方位磁石の使い道はこの磐座にある。
この磐座は磁気を帯びているので、方位磁石が狂うのだ。それを体験して欲しいという善意の貸し出しである。
懇意にしているパワーストーンのお店のご夫婦は、ここが凄くお気に入りだと言っていた。
それを聞いて何年だろうか、とんだハプニングではあるが、やっと来る事が出来た。
初夏、快晴。しかも休日の真昼間だというのに、誰一人居なかった。
意外と観光名所ではないのか、と私は思って、存分にその貸し切り空間を楽しませていただく事にした。
小高い丘の麓から見上げると、押戸石の丘はまあまあ高い。
本来の目的地に行くべき時間もおしているので、私は急ぎ足でこの丘を登った。
軽く汗をかいたが、そもそもここの標高が高いのもあり、良い風が吹くのでそこまで苦ではなかった。
幾つか磐座がある。
せっかくなので言われた通りに「太陽石/押戸石」の周りを方位磁石を持って回ってみる。
ちゃんと方位磁石が狂う。
頂いたパンフレットや受付の小屋辺りの記述によれば、この周囲にはいくつもの丘があるが、実はそれらには巨石が見当たらす、押戸石の丘だけに巨石があるという話だった。
また、この磐座の中の「鏡石」には世界最古のくさび文字/シュメール文字が刻まれていると書かれていた。
残念ながら私はそれを見つける事は出来なかったが。
先ほどの方位磁石が狂う磐座以外にも、日時計の働きをしていたという「挟み石」があり、夏至には岩の隙間から太陽が昇り、冬至には太陽が沈むらしい。
先ほどの方位磁石が狂う「太陽石/押戸石」は、高さ5.5m、周囲15.3m。めちゃくちゃ大きい。
頂点の真北には北極星があり、また、磐座が太陽の道の線上にあるとの事。つまりここは古代の祀場だったのだろうか。
そうして、周りの風景を見渡す。阿蘇山まで綺麗に見える、絶景。
「高天原だ」
何故か頭の中にそう飛び込んできた。
もちろん私は高天原を見た事なぞ無い。
しかし、高天原とはこういう場所なんだろうな、と懐かしささえ感じて、しばしその風景に見とれていた。
せっかくなので数名の能力者へ写真を送ってみたら、皆同じように「高天原だ」と返信が来た。
やはり皆そう感じたのか。
ああ、この世界に戻りたい。そう思った。
それが自分の心なのか何なのかは分からないが、猛烈に戻りたい気持ちに襲われて、誰も居ないのを良い事に、一人で少し泣いた。
ここがどういう場所だったのか、本当に古代の祀場だったのか、はたまたそれら全てが偶然の産物なのか、正確な情報は私には分からないし、そこが必要な情報ではない。
ただ、とりあえずは化生の物の悪戯ではなかったようだ。
さて、時間が無い。丘を降りようと歩き出した所で、車が入ってくるのが見えた。
団体客だ。麓に降りて車に向かう際に、押戸石の丘へ向かう大勢の人とすれ違った。
人払いの配慮をしてくれてありがとう、と一人呟いた。
そうそう、「太陽石/押戸石」をアップで撮影した際に、まるでラピュタの飛行石がラピュタの位置を示すかのような光が撮れた。
私はカメラの事には詳しくないのだが、これは磐座が帯びる磁気の影響だろうか。
これを見て、「ラピュタ」を真っ先に想像する辺りの思考がまさに自分らしいな、と思った。
最終的には、ギリギリで充電スポットに辿り着く事が出来たし、本来の目的地へ行く事も出来た。
まあ、全て結果オーライだ。